itukaの雑記帳

Bonne Journee

百人一首

(85)夜もすがら もの思ふころは 明けやらで

百人一首85番歌夜もすがら もの思ふころは 明けやらで 閨(ねや)のひまさへ つれなかりけり 「千載集」恋2-766by 俊恵法師 1113~1191頃 71番歌・源経信の孫 74番歌・源俊頼の子 鴨長明の和歌の師 ねやのひま=寝室のすきま 一晩中、いとしい人のことをもの思…

(84)ながらへば またこのごろや しのばれむ

百人一首84番歌ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき「新古今集」雑下1843 by 藤原清輔朝臣 1108~1177 79番歌・藤原顕輔の息子 六条藤家3代目 生き長らえたとしたら、またこの頃が懐かしく思い出されるようになるのでしょうか。あ…

(83)世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る

百人一首83番歌世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなり 「千載集」雑中1-151 「述懐百首の歌詠みはべりけるとき、鹿の歌とて詠める」 by 皇太后宮大夫俊成 藤原俊成 1114~1204 藤原定家の父 藤原北家・御子左家の歌道の祖 「千載集」の撰者 この…

(82)思ひわび さても命は あるものを

百人一首82番歌思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり 「千載集」恋3-817 by 道因法師 俗名藤原敦頼 1090~1182頃 83歳頃出家 恋に思い悩んで苦しいが、それでも死ぬこともなく生きているのに、辛さを堪(こら)えきれずにこぼれ落ちる、…

番外メモ 藤原実定と平安末期

百人一首81番歌作者・藤原実定と平安末期 藤原実定は、3歳で従5位下に叙されてから順調に出世しました。1156年、保元の乱 1159年、平治の乱が起こりました。やがて平氏が興り、平清盛一門が政権を握りました。 1164年、藤原実定は、26歳で権大納言になりまし…

(81)ほととぎす 鳴きつる方を 眺むれば

百人一首81番歌ほととぎす 鳴きつる方を 眺むれば ただ有明の 月ぞ残れる 「千載集」夏161 「暁に時鳥を聞くといへる心を詠み侍りける 右大臣」 by 後徳大寺左大臣 藤原実定(さねさだ) 1139~1191 藤原公能(きんよし)の嫡男。 俊成の甥 定家の従兄弟実定の姉…

(80)長からむ 心も知らず 黒髪の

百人一首80番歌長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思へ 「千載集」恋3・801 「百首歌たてまつりける時恋の心をよめる」by 待賢門院堀河 生没年未承認 神祇伯(じんぎはく)源顕仲の娘 崇徳院の母待賢門院璋子に仕えた女房。 末長く変わらないお…

(79)秋風にたなびく雲の絶え間より

百人一首79番歌秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけき 「新古今集」秋上413 『崇徳院に百首たてまつりけるに』by 左京大夫顕輔(藤原顕輔) さきょうのだいぶあきすけ 1090~1155 84番歌・藤原清輔の父。 崇徳院の命で「詞花集」の撰者と…

(78)淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に

百人一首78番歌淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜(いくよ)寝ざめぬ 須磨の関守(せきもり)「金葉集」冬280 『関路の千鳥といへることを詠める』by 源兼昌 生没年未承 宇多源氏の末裔。 1100年以降の歌合に参加。 1128年には出家していた。 淡路島と須磨を…

番外メモ 平忠度の歌

番外メモ 百人一首83番歌の作者・藤原俊成(定家の父)と平忠度(たいらのただのり)百人一首には武士の歌は選ばれてませんが、藤原俊成に師事した平忠度は、1183年、平清盛と共に死出の旅に向かう時、俊成に和歌集を託しました。 平清盛が、六波羅に火をはな…

番外メモ 百人一首の後半

百人一首 番外メモ 百人一首後半は、保元の乱や平治の乱が起こり平清盛が政治の実権を握り、そして滅び、源氏の鎌倉武家政権が始まった時代の人々の歌。76番歌の作者・藤原忠通は、保元の乱、平治の乱を生き抜いた人。77番歌の作者・崇徳院 保元の乱で後白河…

(77)瀬を早み 岩にせかるる 滝川の

百人一首77番歌瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ「詞花集」恋上『題知らず』229 by 崇徳院 1119~1164 第75代天皇崇徳天皇の父は鳥羽天皇。 母は、待賢門院璋子(藤原公実の娘) 滝川の流れが早いので、岩にあたって急流が2つに分か…

(76)わたの原 漕ぎ出でてみれば 久方の

百人一首76番歌 わたの原 漕ぎ出でてみれば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波 「詞花集」雑下382 by 法性寺入道前関白太政大臣 ほっしょうじのにゅうどう・さきのかんぱく・だじょうだいじん) 藤原忠通 1097~1164 藤原北家 書の法性寺流の始祖 大海に舟を漕…

(75)契りおきし させもが露を 命にて

百人一首75番歌 ちぎりおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋も去(い)ぬめり 「千載集」雑上1023 by 藤原基俊 1056~1142 右大臣藤原俊家の子 75番歌藤原基俊も、74番歌源俊頼と同じく堀河院歌壇のひとりで、歌合の論評で対立するなどライバルだったよう…

(74)憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ

百人一首74番歌 憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを 「千載集」恋2-707 by 源俊頼朝臣 1055~1129 宇多源氏の末裔 71番歌・源経信の3男 85番歌・俊恵法師の父 74番歌は「千載集」詞書によると、藤原定家の祖父藤原俊忠の邸で「祈れど…

(73)高砂の 尾の上の桜 咲きにけり

百人一首73番歌 高砂の 尾上(をのへ)の桜 咲きにけり 外山(とやま)の霞 立たずもあらなむ 「後拾遺集」春上120 by 前中納言匡房(大江匡房) さきのちゅうなごんおおえのまさふさ 1041~1111 59番歌赤染衛門の曾孫 心待ちにしていた彼方の高い山の頂きの桜…

番外メモ 「堀河院艶書合」を主催した堀河天皇の時代

「堀河院艶書合」を主催した堀河天皇は第73代天皇。 (1079-1107) 白河天皇の第2皇子。 母は中宮賢子(藤原師実の養女。実父は源顕房)で、1084年に亡くなりました。 異母弟の皇太子実仁親王が死去したため、1086年に立太子し、即日父白河帝の譲位を受けて8歳で即…

(72)音に聞く 高師の浜の あだ波は

百人一首72番歌 音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の 濡れもこそすれ 「金葉集」恋下469 by 祐子内親王家紀伊 生没年不詳 後朱雀天皇の皇女祐子内親王の女房 (有名な高師の浜の波にはかからないようにします。袖が濡れてしまっては困りますから) 「金…

(71)夕されば 門田の稲葉 おとづれて

百人一首71番歌 夕されば 門田(かどた)の稲葉 おとづれて 葦のまろやに 秋風ぞ吹く 「金葉集」秋173 by 大納言経信 (源経信、つねのぶ) 1016~1097 宇多源氏の公卿 74番歌俊頼の父 85番歌俊恵法師の祖父 夕されば=夕方になると 葦のまろや=葦葺の粗末な…

(70)寂しさに 宿を立ち出でて 眺むれば

百人一首70番歌 寂しさに 宿を立ち出でて 眺むれば いづこも同じ 秋の夕暮 「後拾遺集」秋上333 by 良暹法師(りょうぜんほうし) 生年不詳~1064年頃? 「宿」は旅館ではなく自宅、庵のことです。 良暹法師は、大原や雲林院にも住んでいたようです。 俗世を避け…

(69)嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は

百人一首69番歌 嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり 「後拾遺集」秋下366 (永承4年内裏歌合によめる) by 能因法師 (橘永愷たちばなのながやす) 988~1050頃 橘氏の末裔 後冷泉天皇の時代、永承4年(1049年)11月9日に宮中で催された歌合…

(68)心にも あらで憂き世に ながらへば

百人一首68番歌 心にも あらで憂き世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな 「後拾遺集」雑1-860 by 三条院 976~1017 冷泉天皇の第2皇子 1011年に即位 1016年に後一条天皇に譲位 心ならずも、この辛い世に生きながらえてしまったならば、きっとこの夜更け…

(67)春の夜の 夢ばかりなる 手枕に

百人一首67番歌 春の夜の 夢ばかりなる 手枕(たまくら)に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ 「千載集」雑上964 by 周防内侍 生年不詳~1108年頃 桓武平氏高棟流、平棟仲の娘 短い春の夜の夢のような、しばしのまどろみに貴方の手枕をお借りして、そのために浮…

(66)もろともに あはれと思へ 山ざくら

百人一首66番歌 もろともに あはれと思へ 山ざくら 花よりほかに 知る人もなし 「金葉集」雑上521 (大峰に思ひもかけず桜の咲きたりけるを見て) by 大僧正行尊 1055~1135 三条天皇の曾孫 小一条院敦明親王の孫 源基平の息子 もろともに慈しみ合おう山桜よ …

番外メモ 源氏の始祖たち

番外メモ 源氏の始祖たち 65番歌作者相模の父・清和源氏・源頼光は摂津源氏の始祖です。 百人一首1番歌、飛鳥時代の天智天皇の歌に始まり、時は流れて 紫式部や清少納言が活躍した後の貴族の恋の歌などが続いた後、65番歌に清和源氏の娘相模が登場しました。…

(65)恨み侘び ほさぬ袖だに あるものを

百人一首65番歌 恨み侘び ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ 「後拾遺集」恋4-815 (永承6年内裏歌合に) by 相模 995~1061 清和源氏源頼光の娘(または養女) 恨む気力もなくなって 涙で乾くひまもない袖だけでも惜しいのに その上に、恋…

(64)朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに

百人一首64番歌 朝ぼらけ 宇治の川霧 絶えだえに あらはれ渡る 瀬々の網代木 「千載集」冬419 by 権中納言定頼(さだより) 995~1045 公任(55番歌)の長男 夜明け方、立ちこめていた宇治川の霧がとぎれて、霧のたえまたえまに現れる、川瀬の網代木よ。 ⌒*:゚⌒*:゚⌒…

(63)今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを

百人一首63番歌 今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで 言ふよしもがな 「後拾遺集」恋3-750 by 左京大夫道雅(藤原道雅) 993~1054 関白藤原道隆の孫 内大臣伊周の息子 今となってはもう、貴方への思いを諦めようということだけを、人づてではなく…

(62)夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも

百人一首62番歌 夜をこめて 鳥のそら音(ね)は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ 「後拾遺集」巻16雑上939 by 清少納言 966?~1027? 36番歌・清原深養父の曾孫 42番歌・清原元輔の娘 「枕草子」著者 一条天皇皇后定子の女房 まだ夜が明けないうちに、 (孟嘗君…

(61)いにしへの奈良の都の八重ざくら

百人一首61番歌 いにしへの 奈良の都の 八重ざくら 今日九重(ここのえ)に 匂ひぬるかな 「詞花集」春29 by 伊勢大輔(いせのたいふ) 生没年未詳 大中臣能宣(49番歌)の孫 中宮彰子の女房 紫式部の後輩 大中臣氏は代々伊勢の祭主で、父輔親が神祇官の大輔だったた…