(84)ながらへば またこのごろや しのばれむ

百人一首84番歌

ながらへば
またこのごろや
しのばれむ
憂しと見し世ぞ
今は恋しき

新古今集」雑下1843


by 藤原清輔朝臣
1108~1177
79番歌・藤原顕輔の息子
六条藤家3代目


生き長らえたとしたら、またこの頃が懐かしく思い出されるようになるのでしょうか。あんなに辛かった昔さえ今では恋しいのだから、生き長らえていこう。


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清輔の祖父藤家顕季(あきすえ)の邸が六条烏丸にあったので六条藤家と呼ばれ、歌の師匠の家柄。


父(79番歌左京大夫顕輔=藤原顕輔)と確執があり、父が撰者であった「詞花集」には清輔の歌は1首も撰ばれませんでしたが、崇徳院に「奥義抄」を献上するなど次第に歌人としての名声が高まり、父から六条藤家を引き継ぎました。


清輔は、二条天皇に「続詞花集」の撰者とされましたが、完成前に二条天皇が退位崩御勅撰和歌集ではない私撰集となりました。


その後、九条兼実の師範となるなど歌壇の中心的存在となり、藤原俊成の御子左家を凌ぎました。


1177年に74歳で没し、六条藤家は弟藤原重家が継ぎました。

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