itukaの雑記帳

Bonne Journee

19番目の勅撰和歌集「新拾遺集」

新拾遺和歌集
勅撰和歌集の19番目
十三代集の11番目

執奏 足利義詮室町幕府第2代将軍)

宣下 後光厳上皇

撰者 二条為明→頓阿

1364年成立

20巻 1920首

前集から4年後の1363年に下命され、翌年1364年に四季部を総覧。
同年に、撰者・為明が70歳で病没したため、歌家二条家嫡流為世の門下であった頓阿が撰者を引き継ぎ、二条派の伝統を重んじた新拾遺集を完成させた。

主な歌人
為藤 27首
定家 26首
為家 25首
為世 25首
伏見院 25首
光厳院 19首
為氏 19首
家隆 18首
為定 18首
光厳院 17首
尊氏 17首
花園院 15首
柿本人麻呂 15首
義詮 15首
俊成 14首
貫之 14首
後鳥羽院 12首
家教 12首
公雄 12首
実兼 12首
嵯峨院 11首
為明 11首


拾遺集巻頭歌 春上1

あけわたる
空に知られて
久方の
岩戸の関を
春や超ゆらん

by 二条為藤

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第20巻、雑下巻頭歌は山部赤人長歌

拾遺集は、前集との間が短く、世は内乱中のため和歌資料収集も困難。

京極派の個性的な17代風雅集と異なり、
旧時代の歌人が多く収載されている。


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頓阿(二階堂貞宗、1289〜1372)は、二条為世に和歌を学び、二条派の重鎮として活躍した。

自撰歌集「草庵集」「続草庵集」
歌学書「井蛙抄(せいあしょう)」
二条良基との問答「愚問賢注」がある。

稽古によって優美な和歌を詠む二条派歌風を広め、頓阿の子孫は後の二条派の主流を担ってゆく。

今川了俊歌学書(いまがわりょうしゅんかがくしょ)」には、為世門下の四天王として
頓阿・浄弁・吉田兼好・能与(能与没後は浄弁の子・慶運)が挙げられている。


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歌の二条派は、九条流二条家五摂家の一つ)とは別家。
九条流二条家当主二条良基は、南北朝の内乱で北朝持明院統)側についたにも関わらず、歌の二条派を推し、後光厳天皇にも二条派を勧めた。

歌の二条家は御子左家為家の子孫。
南朝後醍醐天皇の妃で宗良親王の母は歌の二条家出身
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北朝二条良基は、摂家二条良実の子孫。
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京極、冷泉、二条家の血筋はやがて衰滅するが、門弟や養子などにより現代まで歌風・歌学は継承されている。